(メシイ)(ヒトミ)(オニ)()く 




無道夫妻殺害時についての問診記録
無道咲夜の面接記録より



「事件の日のことを覚えているかい?」
覚えているけど、聞いてなんの意味があるんだ?

「夜散君は良く覚えてないみたいだから、君はどうかと思って。」
ああ、夜散はすぐ忘れるから。

「物忘れが激しいのかい?」
違う。必要なことや大事なことは、あいつは忘れたことなんてない。
ただ、嫌なことを忘れるのが天才的に上手いだけだ。

「嫌なこと?」
そう。

「たとえば、」
(こちらの言葉をさえぎるようにして応える)
そうやって無関係の奴らに色々聞かれて思い出したくないこととかを、忘れる。

「そうか、悪かったね。じゃあ、君は覚えてるんだね。」
残念ながらね。

「それは、話せることかい?」
話したくないって言っても、どうせ吐かせるんだろ。
もう散々話した。
警察は何度同じことを言ったって自分たちに都合の悪いことがあれば信じない。
何度やたって無駄だ。

「これは、警察とはまた別のものなんだ。君のために記録だよ。」
俺はいい。
警察とは別口なら、夜散と朝咲を助けろよ。

「もちろん、君のあとは夜散君と朝咲ちゃんにも同じことを聞く。話してくれるかな?」
何が聞きたいんだ?

「事件が起こる直前、ご両親が何を話していたか覚えているかい?」
朔の話をしてた。

「朔?」
無道朔。無道藍音の奥さん。

「奥さん?君のお母さんは朱音さんじゃなかったかい?」
生んだ人間を母親というなら、たしかに母親は無道朱音だ。
けど、紙切れ一枚で決めるなら、俺たちの母親は無道朔だ。

「知っていたのかい?」
何を?
無道藍音が朔と結婚してることか?
無道藍音と無道朱音が兄妹ってことか?
無道藍音を愛した無道朱音があてつけに排卵誘発剤を飲んで兄に迫ったことか?

「――君のお父さんとお母さんは、隠したりしなかった?」
無道藍音からは特に何も。
無道朱音は耳にたこが出来るくらいに叫んでたけどな。

「叫ぶ?」
無道藍音の子供を生んだのは自分だから、自分が無道藍音の妻だって。

「――お父さんとお母さんは、それでいつも喧嘩をしていた?」
喧嘩は日常だった。

「あの日の夜もそうだった?」
あの日は特に酷かった。
ただそこに居ただけで夜散が殴り飛ばされた。

「夜散君は何もして無いのに?」
家ではそこに存在することがすでに悪いことだから。
無道朱音はいつもそう言ってた。

「夜散君に?」
夜散と、朝咲と俺に。
それで、殴られた拍子にピアスが引っかかって、耳が千切れた。

「夜散君のことだね。そのとき夜散君を殴ったのは、どっちだった?」
さあ。無道藍音だったと思ったけど、良く覚えてない。
俺が見たのは、夜散の身体が吹っ飛んだところだけだ。
耳が切れて、ピアスを取られた。
俺たちにとっては、大事なピアスだったのに。
なぁ、夜散のピアスはみつかったのか?

「警察が証拠の一部として押収している。」
返せよ。

「事件が解決したからね。近いうちに返されるはずだ。」
俺が殺したって言ったんだ。
もう解決だろ。
早く返せよ。

「夜散君が耳を千切られて、君は逆上したのかい?」
頭が真っ白になったけど、すぐ戻った。
朝咲が怯えて泣き出したから。
でもそれが更に無道朱音の怒りを買ったんだよ。

「というと?」
無道朱音は昔から朝咲が嫌いだったから。
朔が居る無道藍音に逆上して、無道朱音は無道藍音を刺したけど、無道朱音の気はそれで気がすまなかった。

「それで朝咲ちゃんを?」
そう。
俺達、本当は四ツ子だったんだけど、生まれて来るときに一人死んだ。
無道朱音は、それを俺たちの…特に朝咲のせいだって思ってる。
俺でも、朝咲でも、夜散でもなくて、その子が生きていたら無道藍音が浮気することもなかったって馬鹿げたこと言って。

「君たちはそれを聞いてどう思った?」
結婚してる男と女が会うのは、別に浮気とは言わないと思った。

「咲夜君…」
違うのか?

「僕が言ってるのはそうじゃなくて…」
ああ、そっか。
ずっとどんな理屈だよって思ってた。
生まれたときから聞かされてるから、もう今更だけど。

「お母さんは、それで…」
それで、無道朱音はそんな理由で朝咲まで刺したんだ。
そこに居たってだけで。

「最初にお母さんが朝咲ちゃんを刺した。」
俺は止めようとして無道朱音から包丁を奪おうとしたけど、間に合わなかった。
朝咲はもう一回刺されて、だから俺は、今度は強引に包丁を奪ってを刺した。

「どういう風に刺そうとか、考えたかい?」
刺し方なんて問題じゃないだろ。
俺は奪った包丁を握りなおして無道朱音に体当たりしただけだ。
ああでも、体当たりした後はもっと深くって思ったけどな。

「それは、どうして?」
無道朱音が俺を引き離そうとしたから。
離れたときにまた暴れだしたら、今度こそ朝咲が殺されると思った。
その時に、無道朱音に左目に指突っ込まれたんだよ。

「痛かったね。」
さあ、どうだったかな?
あんまり覚えてないから、意外に痛くなかったんじゃないか?
でも反射的に包丁を放したから、ヤバイと思った。

「どうして?」
無道朱音はまだ生きてたんだ。
だから朝咲を守らなきゃと思った。
けど、俺より先に夜散がブチ切れたんだ。

「どんな風に?」
最初は見えなかった。
視界が真っ赤になってたから。
けど気付いたら夜散は無道朱音の身体の上に跨って、何度も刺してた。
まあ、無理も無いけど。

「そのときの夜散くんは、どんな様子だった?」
怒ってた。
物凄く怒ってて、無道朱音が動かなくなってから今度は無道藍音までわざわざ刺しに行った。

「そのとき咲夜君はどんな気持ちでそれを見ていたんだい?」
別になんとも。
それより朝咲が倒れたまま動かなかったから、それが怖かった。

「怖かった?」
今回ばっかりは駄目だと思ったんだ。

「今回ばっかりはっていうのは、」
夜散が、嫌なことを忘れる天才なら、朝咲は嫌なときに眠る天才なんだ。
嫌なときに眠ると、何をされても終わるまでは絶対目が覚めない。
だけどあの時は刺された後だったから、いつものそれじゃなくて死んだかと思ったんだ。
でも胸に耳当てたら、心臓はまだ動いてたから、俺は朝咲をどうにかしなくちゃと思って、夜散が無道朱音と無道藍音をどうにかするなら気が済むまで好きにさせとこうと思ったんだ。

「君は、朝咲ちゃんを助けようと必死だったんだね。」
俺や夜散は平気だけど、朝咲は弱いから。
朝咲も夜散も俺が守らなきゃいけなかったんだ。
なのに、夜散の気が済んでとりあえず朝咲の止血をしようと思って、洗面所にタオルを取りに行って、だけど気付いたら病院だった

「咲夜君、つらかったね。」
別に、いつかこんな日が来るってことは分ってたから。
俺が守らなきゃいけなかったのに、結局俺は夜散も朝咲も守れなかったんだ。
無力な俺なら、存在する意味なんてないのに。


面接時間 約1時間15分





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2009/09/07


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