(ツキ)(ヒカ)りて(サク)(ヨル) 



両目を包帯で覆った咲夜は、しかしとてもすべての視力を無くしたとは思えない足取りで促された部屋に入ると、いつものように定位置に着いた。
夜散が咲夜の眼を潰してから、そろそろ二週間が経つ。
あの日、直後に病院へと逆戻りした咲夜は、そのまままた緊急入院となった。
咲夜の怪我は決して単純なものでは無く、二週間では完治などするはずもないのだが、左目を潰された時には大人しく治療を受けていた咲夜も、二度目はそれを拒み、必要最低限の治療を済ませるとその後は眼を潰される前と同じ生活に戻っていったのだった。
驚いたことに、いきなり盲目を余儀無くされた咲夜は、周囲が危惧したような問題も無くその生活馴染んでいった。
そして今日は、あの日以来はじめて、咲夜は水城のもとへと来ている。
無論、理由はその心理面に対するケアのためだったが、咲夜からしてみれば夜散と朝咲に愛に来るついでという意識のほうが高かっただろう。
当然のように同胞の下へいこうとしたところを阻まれて、咲夜はどこか不機嫌そうな空気を纏っていた。


「咲夜君、その後はどうかな?」
「別に、変わりなく過ごしてる。」


一体、話すことに何の意味があるのか、と。
咲夜の態度は初めてここに来た時から変わらない。


「今日は何の話をするんだよ?」
「何でも。咲夜君の好きな話をするといい。」
「俺は別に、話すことなんて何もない。あの日のことはもう話した筈だ。他に話すことなんてない。」


咲夜の言う『あの日』というのが、夜散に眼を奪われた日のことではなく、最初に眼を奪われた日のことだということを、水城は最初から知っていた。
他ならぬ水城自身が、彼らの精神鑑定を行い、警察の事情聴取にもワンウェイミラー越しに同席したのだから。


「いや、『あの日』のことじゃなくてもいいんだ。例えば今は目が見えなくて大変だ、とか。夜散君にやられてびっくりした、とか。」
「元々そんなに見えてなかった。今更全部見えなくなっても変わらない。」


咲夜は面倒くさそうに答える。
水城がどんなに煩わしくても、律儀に答えてしまうのが咲夜の性格なのかもしれない。
だが、咲夜がうっかり漏らしたその一言は、咲夜にとってはどうでもいい一言を、水城は聞き流せなかった。


「眼、昔から見えなかったのかい?」
「一度だけ学校で、視力が弱いって言われた。」
「一度だけ?」
「すぐ学校行かなくなったから。」


無道兄弟妹に対して、その両親からの虐待は依然として推測の領域を出ない。
それは、おそらく兄弟妹が無自覚の内に虐待を受けていたため、本人たちからの申告ということがないからだ。
しかし、咲夜の目が潰れてしまった今、その視力を図ることは叶わないが、十分な収入があったにも関わらず長い間視力矯正具が与えられなかったのなら、それは生活に必要なものを与えていなかったという点においてネグレクトと考えられるであろうし、義務教育中の子供の登校を妨げるのもまた、虐待に当たる。
既に咲夜、朝咲、夜散は犯行時の心身喪失と正当防衛が成立しているため、両親殺害について罪は問われないことになっている。
しかし、生き残った子供たち、しかも精神症状を呈している子供達に対する今後の支援を考える際には、詳しい情報があるにこしたことはない。
難解な事件ではなく表面的には解決したとはいえ、事件の内容もまた、詳細がわかるならそれに越したことは無いのだ。
それに、水城にはどうしても拭えない違和感があった。


「咲夜君、君は…」


しかし、本来相手の言葉を待って話を聞くという職にある水城は、到底警察の真似事などしてはいけなかったし、また出来るはずもなかったのだ。
そして漠然と抱いている違和感についても、どう言語化すれば良いかはかりかねていたのである。
だからこそ、それ以上言葉が続かなくなった水城に、咲夜はふっと鼻先笑う。
まるで、目の前の相手の反応を馬鹿にするようなその仕草は、咲夜の目が見えているのであれば、可笑しくもなかったのかもしれない。
ずっと、鮮明な世界を知らずに来た咲夜もまた、そのタイミングで笑ったことはおかしくもないことだったけれど。


「俺には証言能力があるって判断したのは、あんただ、先生。」
「あの時、状況を語れたのは君だけだった。信憑性があったかどうかは、また別の問題だよ。」
「だけど、それを分ってて公的記録に残した。なら、それが全てだ。」


にやりと、咲夜は口元をしならせる。
頭の良い子だ、と。
水城は認めざるを得なかった。


「君がもし、」


 意を、決したように、一呼吸置いてから。
水城は真正面に座る少年を見据える。
包帯で両目を覆った咲夜は、しかしその下に唯一残された空洞の奥で、確かに水城を「視て」いた。
 視力を奪われてなお、咲夜は目を逸らさなかったのだ。
だから、水城もその視線から決して逃げなかった。
 その、何故だか酷く重い『何か』を孕んだ視線は、おそらく水城がそらしたらその時点で水城を見限っていただろうから。


「君がもし、この事件のことで虚偽の証言をしているとしたら。」


 僕は、僕の責任を負うために、再調査を依頼することになる、と。
もしそうなれば、次は逆送致される可能性が高いことを示している。
そしてそうなれば、次は正当防衛は成立しないであろうし、犯罪を隠蔽しようと虚偽の証言をしたとして、更生の余地無しと判断されるかもしれない。
水城の言葉は、ある意味では確かに咲夜にとっては脅威になるはずのものだった。
少なくとも、水城はそう考えていた。
 同胞を最優先とするこの兄弟妹たちにとっては、守ろうとしたものが有罪になることを避けるはずだから。
 水城がその言葉を口にしたのは、半分本気で半分冗談だった。
もしその言葉に、咲夜が感情を見せるようならば、水城はそこから咲夜の心を深めようとしていたのである。
 だが、咲夜は悉く水城の期待を裏切るクライエントだった。


「好きにすればいい。」


 咲夜は、まるで水城が見えているかのように机に身を乗り出して顔を近づけた。
目の前の相手を、見下しているような、嘲笑しているような。


「好きにすればいいんだ。」


 どんなことになっても俺は、夜散と朝咲を守るだけだから、と。
 もう一度繰り返された咲夜の言葉と、続けてに、水城は自分が踏み込んではいけない言葉を選択したことを思い知った。


「どんなことになったって、あの時以上に悪いことになんて、ならないんだよ。」


 親と、兄に目を奪われてなお、嘲るように、疲れたように微笑えんで。



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2009/08/29


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