無道夫妻滅多刺し事件における関係者カウンセリング記録 水城涼仁来談記録
そもそもの発端は、生まれた時からあったのか… (20分ほど沈黙の末に口を開き始める) 「あなたはそう思うのですか?」 さあ、ね。 僕には分からないんだ。 ただ、確かに理由はあって、それを辿れば別の人間の別の何かにたどり着く。 そういうものだろう? 「そうかもしれませんね。あなたは、どうされたいのですか?」 僕?僕は… (しばらく考え込んだ後に続ける) 僕はただ、この纏まらない考えを聞いて欲しいと思う。 「分かりました。あなたは、話を聞いてほしいのですね。何を聞いて欲しいのですか?」 (すこし笑って、また考え込む。) 君は、女の子だけど…、 「"子"と言う年齢ではありませんが…」 (また少し笑って) 怒らないで聞いて。 女性は、排卵誘発剤を飲んででも、好きな人の子供が欲しいと思うものかな? 「…私は、そうは思いませんが、」 じゃあ、血が繋がった相手と子供を作ろうと思う? 「同じです。私は、思いません。」 うまく逃げたね。 (こちらの様子を少し笑いながら観察している) 「一般論だと思います。」 でも、仮に兄弟妹同士で子供を生みたいと思ったとしても、14歳じゃあ流石に思わない。 早熟な子供は性交に及ぶこともあるけれど、それは単に興味や関心からだったり、背伸びをしたがったりという理由が殆どなんだろうし。 少なくとも、子供を作ることを前提にセックスをしたりはしないはずなんだ。 もちろん、相手が血縁だろうと他人だろと、それは変わらない。 (自分の思考回路に捕らわれている印象を受ける。) 「そう、ですね」 彼らには、特別な意味があったんだよ。 それが、どういうことなのかは、知っていたと思うんだ。 だけど、でも、 (此方の反応には微塵も注意をむけず、自分自身の考えに没頭していく。) 殆ど引きこもり状態だった子供に性交の痕跡があったら、普通は何を連想する? 「性的虐待の可能性、でしょうね…」 あくまで可能性の話、だけれどね。 そして相手は、普通なら『保護者』にあたる人間を考える。 けど、考えてみればそれ以外にもいるんだ。 『異性の同胞』がね。 「では、」 それもまた、一つの可能性の話だよ。 でもね、僕は、どちらにしても『合意』があったんじゃないかと思うんだ。 少なくとも、一人は。 じゃなければ、辻褄が合わない。 「辻褄、ですか?」 両親がどこまで知ってたかは、知らないけれどね。 子供達はそれを実行に移した。 そう、取り戻そうとしてたんだ。 そうすれば、誰もが救われると思った。 両親も、自分達も、取り返した存在も。 そして誰も気付かなければ、確かに成功していたんだ。 「水城さん、落ち着いて下さい。」 でも、気付かれてしまったから、あの忌まわしい事件が起こった。 そう、あれは、もう10ヶ月も前のことになる。 それは、翻せば、あれから10ヶ月が経ったってことだ。 どうしてこの奇妙な符号に気付かなかったんだろう? これで確信したよ。 やっぱりあの子供達は、あの子供は特別だったんだ。 僕が助けたいと思っていた子供達は、けれど結果の良し悪しに関係無く自分達で始末をつけるすべを知っていたんだ。 そう、ただ独りを除いてね。 だから『彼』は、死ねなかった。 本当なら、誰よりも曖昧で不確かな存在だったはずなのに、彼にかせられた役割がそれを許さなかった。 なんて皮肉な話なんだろうね。 「水城さん、落ち着いて下さい。あなたが自分が『健常である』と認識しているなら、出来るはずです。」 僕は至って健常だよ。 これはある人の受け売りだけれど、『真実は、そこに関わる総ての人間の数だけ存在する』らしい。 僕は僕が『真実』かもしれないと思った『もしもの話』をしているだけさ。 「――では、あなたの『真実』は、そういう『結論』なんですね。」 『結論』じゃなくて『結果』かな。 いや、『結果』から推察した『事実』かもしれないけれど。 結局のところ、『真実』なんて主観でしか語れないものは、『他人』には触れる事さえ出来ないのさ。 総ては既に終わっていて、『当事者』はみんな死んでしまった。 ただ一人を除いてね。 僕には『無力感』が残されただけだ。 「……………………」 (此方が反応出来ずにいると、Clはまた何かを考え込むように沈黙した。) 僕はね、誰か一人くらいは、救ってあげたかったんだ。 ただそれだけなんだよ。 最初で最後の意思表示を読みたかった訳じゃないんだ。 「意思表示、ですか?」 もっと、的確にアセスメントが出来ていれば、あるいはもっと寄り添うことが出来ていれば、気付くことだって出来たと思わないかい? 例えば、君は自分の仕事が事件に関わった者に対する心理的援助だと、前提として分かっているから、僕の突拍子もない話も平然としているけど、もしその前提が無かったら、統合失調症に特有な妄想として僕をアセスメントしていたかもしれないだろう? それとも、妄想性の人格障害かな? 僕にも知識と経験があったら、助けてあげられたかもしれないんだ。 (そのままうなだれて沈黙が続く。) 「水城さん。」 (こちらの声掛けに対して無気力気味に顔だけを向けてくる。) 「正直なところ、私は貴方がかなりのストレス状態にあると思われます。」 (力無く笑って) ……正直に言うなら、もっと踏み込んだって良いんだよ。 「では、私は精神科医による薬の処方も含めて、貴方には休息が必要だと考えます。貴方が私と同じ専門職である以上、査定はバイアスがかかる恐れがあって、私には実施出来ません。この様なことも、本来お伝えすべきではありませんが…」 かまわないさ、僕はいつだって逸脱したやり方しか出来ないんだから。 君が、そう判断したのなら、所見にはそう書けばいい。 僕は、従うから。 「水城さん、」 話を、聞いてくれてありがとう。 僕のことはもう良いから。 だから、出来れば君にお願いしたい。 どうか、あの子供たちを、君だけでも良いから、忘れないでいてあげて。 (此方の言葉を遮るように声を挟み、席を立ったため、面接はその時点で終了となった。) 面接時間 約45分 |
誕生日は、命日だ。 生まれたときからそうだった。 あいつらは散朝が還って来ることを望んで、自分たちに出来る限りのことをしたのに、結局散朝が還ってくることは無かった。 そしてもう二度と、散朝が還ってくることは無い。 なら、今度はあいつらが散朝のところへ行くべきなんだろう。 だって、無道藍音と無道朱音は死んだ。 あいつらを脅かす存在は、もう何処にも何も無いのかもしれないけど、それは同時に、もうあいつらの存在を認める人間もいなくなったってことだ。 だからもう、生きている理由も意味も無いんだと思う。 それに、無道藍音と無道朱音が、今度は散朝を脅かしているかもしれないし。 それなら今度は散朝を守らないといけない。 夜散と、咲夜と、朝咲。それに散朝は。 きっと、四人揃っていないと上手く回らない歯車みたいなものだった。 最初に散朝が欠けてしまって、俺はその部分を補うことは出来なかった。 だからせめて守ってやると誓って、そして生まれたのに、結局は俺も守られていた。 夜散と、咲夜と、朝咲が死んだら、悲しむものはいるだろうか。 無道藍音と無道朱音のように、誰もが無関心なのかもしれない。 魅は、笑うだろうと思うけど、朔なら泣いてくれるかな。 だけど、きっと俺が消えたことには誰も気付かないだろう。 俺は、それでいいんだ。 だけど、出来れば誰かが夜散と咲夜と朝咲のために、泣いてくれればいいと思う。 忘れないでいてほしいと思う。 俺は必要とされたから生まれた。 だけど、夜散と咲夜と朝咲は、誰の為に、何の為に生まれてきたのか、誰も存在意義を与えてはくれなかった。 今、なんでこんなに穏やかな気持ちになるのか分らないな。 どうして俺は、まだ生きているんだろう? 夜散も、咲夜も、優しかったから? 本当なら、俺が真っ先に消え失せるはずなのに、どうしてまだ生きているのか分らない。 でも、ただ確かに分っていることは、俺は四人目にはなれなかったってこと。 魅がくれたピアスに、俺の分は無かったから。 あの時俺にもくれればよかったのになんていったら、魅は、笑っただろうか。 「お前に誕生日なんて無いじゃないか」って、笑っただろうか。 誰も俺の誕生日は知らないし、祝わない。 祝う理由もないから、命日も必要無い。 それは、あいつらも同じだけれど、でも俺は、俺だけはあいつ等を祝うよ。 夜散、咲夜、朝咲。それに散朝も。 『 Happy Birthday, dear my little lover... 』 それと、俺を、『朔夜』として定義づけてくれた、ただ一人のひとへ。 俺が死んだことを知れば、朔だけは、泣いてくれるだろうか。 ああ、朔。 俺の存在を、唯一『朔夜』として受け入れてくれてありがとう。 朔が望むような子供になれなくて、ごめん。 だけど、どうか、これからは朔が幸せでありますように。 俺はいつも、それを願っているよ。
【 無道夜散・咲夜・朝咲の死亡現場より発見された、遺書より 】
|