Eyes on Me







Act.47 : Because I continue still crying

 解 禁 区 





 真夜中、空気と影が動く気配を察して、ピジョン・ブラッドは眼を覚ました。


「――狩りに行くの?」


 この部屋には自分ともう一人以外の人間はいないからと、シンプル過ぎる消去法を用いて相手を特定したピジョン・ブラッドは、ベッドの中で声だけを起こすと、ついでとばかりに気配の方に視線を向ける。
応えを期待していない…というよりは、半ば答えが分かっていたので、ピジョン・ブラッドは男の声を待たずに続けて問い掛けた。


「何を、狩るの?」


 今度は、明確に答えを求める声だ。
上半身を起こして、ピジョン・ブラッドの口から押し出された寝起きで掠れた声に、男はつまらなさそうに応える。


「ただのガキ。」


 そして、応えながら、ピジョン・ブラッドに写真を投げてよこした。
どうやったのか、器用な手つきで投げつけた写真は空気を裂いて彼女の手に収まる。
 写真のモデルに、ピジョン・ブラッドは僅かに呼吸を飲んだ。


「僕と同じ、実験道具(モルモット)だ。」


 吐き出した自分の声が、凍り付いている、と。ピジョン・ブラッドは思った。
予測は出来たし、予想もしていた。
 なのに、いざ突き付けられたときの、この恐怖は。
彼に首を締められた時と少し似ている、と、ピジョン・ブラッドは思う。


「――知り合いか?」
「顔だけ。」


 聞いてきた声に、一言だけ返して、ピジョン・ブラッドは酷く悪寒のする体を、再びベッドの中に隠す。
 写真のモデルはこの世でたった独り、ピジョン・ブラッドを『ピジョン・ブラッド』という存在として見てくれた、兄の姿があった。
サファイアが、彼に、殺される。
 だけど彼女の思考は別のことを考えていた。
それなら、サファイアを殺すのが彼なら、『彼』は何処に居るのだろう?
ラピス・ラズリは、ピジョン・ブラッドを襲って来たというのに。
だからピジョン・ブラッドは、『彼』が追ったのはサファイアなのだと思った。
 だけど、サファイアを狩る依頼が、彼に来た。
『彼』はどちらを追っている?
 それとも、どちらも追ってはいないのかもしれない。
自分達には、『彼』が時間と労力をかけるほどの意味が、無いのかもしれない。
それでも、もしも『彼』がこの近くまで来ているというのなら。
 ピジョン・ブラッドは静かに眼を閉じる。
その動作に反して、感情が高揚していた。
 半分の恐怖と、半分の狂喜が、ピジョン・ブラッドの身体の中で暴れ出しそうになる。
 ――ああ、サファイア。僕はどうやら本当に酷いイキモノらしい。
兄が死ぬかもしれない心配よりも、『彼』のことを考えているのだから。
僕を、どうか許して欲しい、と。
ピジョン・ブラッドは静かに伏せた瞼の向こうにむかって呟く。
 自分のことを本気で案じてくれたサファイアを、ピジョン・ブラッドは同じ様に案じるとことが、出来なかったから。
 無言のまま、ドアを開けて出て行こうとする彼に、ピジョン・ブラッドは思い出したように声を掛けた。


妖狼(フェンリル)に気をつけなよ。」


 妖狼(フェンリル)が誰を指す名前なのか、ピジョン・ブラッドは言わなかった。
だけど男にサファイア殺しを依頼したのが『彼』なのだと、ピジョン・ブラッドにはそれ以外に考えられなかったから。
彼はすぐ傍に来ているはずだから。
ピジョン・ブラッドかサファイアのどちらかを追って来ているはずだから。
 ピジョン・ブラッドの言葉に、彼は何も応えず部屋から出ていった。






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2008/11/24   再UP




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