Eyes on Me







Act.38 : I can easily speak of "good-bye"

 禁 断 区 





 新生児は彼と同じ黒い眼をした女の子だった。
付き添いの看護婦から受け取った小さな命は、喜びより先に絶望を連れてくる。
何も知らなければ、幸せ以外の何物でもなかったのに、と。
彼は小さな命を抱いて、その頼りなさに涙が零れそうな程小さな小さな笑みを浮かべた。
 生後30分という短い時間を経て、この子供は彼女に酷く影響するとの理由を付けられると、産湯につからせた直後には彼の腕にの中に放り込まれた。
 つまり、子供は一度も母親に抱かれること無く引き離されたということだ。


「エヴァ」


 大仕事を終えて、本当に屍のように横たわる彼女の名前を、小さく呼んで部屋の入る。
 彼女はいつもと同じ様に、ベッドの上で上体を起こして、一度だけ彼に視線を向けると、すぐに俯いた。
前に会った時と唯一違う点は、大きかった腹が元どおりに戻っているということだけだ。


「エヴァ」


 彼はもう一度彼女の名前を呼ぶ。
 俯いたままで、彼女は応えた。


「赤ちゃんは?」


 それは、酷く取り乱していた女の声ではなく、彼が知っている彼女の声だった。
落ち着いてくれたのか、と。一縷の望みに縋るように彼は答える。


「女の子だった。」
「人間だった?」


 しかし、返された言葉に、彼は絶句した。
彼女は一体自分にどんな答えを求めていたのだろうか、と。


「神様がお許しにならないわ。私達、本当の姉弟だったなんてね。」


 彼と同じ絶望と、産み落としてしまったのだという罪悪感に裏付けられて後戻り出来なくなった声が、言葉を紡ぐ。
彼には、何も言えなかった。


「――私達、出会わなければ良かったわね。愛し合わなければ良かったわね。無知のままでいられたら、今頃幸せだったのにね……。」


 彼女は泣いていた。
彼も泣きたいと、思った。
 どうして自分たちがこんな思いをしなければいけないのか、理屈の通った説明を聞きたかった。
 何も、悪いことなんて、していないのに。
ただ、愛し合っただけだ。
それなのに。
 それなのに、本当ならば愛の結晶だなどと祝福されるべき命は、罪の証となってしまった。






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2008/10/20   再UP




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