Eyes on Me







Act.36 : I yearned really seriously

 禁 断 区 





 彼は、最初はそれを妊婦特有の情緒不安定だと解釈していた。
往々にして女性はマタニティ・ブルーというものにかかるものであるし、もう臨月にも間が無い。
何より初めての出産だ。
それなのに廻りがこんなに出産だ、堕胎だと言っていたのだから、無理も無いだろう。
 次に彼が彼女に会った時は、いくらか冷静に見えた。
そのかわり、この何週間かで彼女は相当にやつれていたようだ。
本来であれば、胎内に命を宿した女性がやつれていくなで自然なことでは無い。


「エヴァ…どう、したの?」


半分咽喉に張り付いて掠れた彼の声に、彼女は力無く笑っただけだった。
何時ものように、抱きしめることもキスをすることも、それどころか、彼が近付くことすら無言で拒否してくる。
 相変わらずベッドの中で上体を起して本を広げている彼女は、だけどこの日は大きな腹を食い入るように見つめて、俯いたまま彼を見ようとしなかった。
 尋常じゃないその姿に、彼は何かを言うに言えず、それでも躊躇いがちに彼女のベッドに近付くと、その端に座って、同じく沈黙を守っていた。


「――貴方、生命工学を研究しているのよね?」


 酷く掠れた声が彼に問い掛けたのは、それからしばらくしてからだった。


「それって、具体的にどんなことを研究しているの?」


 俯いて視線を腹から離さないまま、彼女は続けた。
何を意図しているのか分からないまま、彼は少し間をあけて答える。


「――遺伝子に関しての研究だよ。先天的の遺伝子に異常を持つ人達の病気に関する研究が中心。独学としては、優性と遺伝を無視して稀に生まれる瞳の色が珍しい子供の研究をしてる。」
「――そう……。」


 答える声は右耳から入って左耳に抜けていくような印象だった。
 またしばらく黙ってから、彼女はおもむろに口を開く。


「近親相姦で生まれた子供も、研究対象になるの?」
「場合によっては。秘密裏に協力を要請することもある。」


 あまり誉められたことじゃないだけに、言葉が濁る。
 積極的ではないにしろ、隠すことも憚れてたので、事実だけをごく短く答えたが、彼には彼女が何を言いたいのか、その真意分からなかった。
本当は、分かりたくなかっただけかもしれないのだけれど。


「――この子も、研究対象にするの?」


 殆どうめく様に押し出された言葉を、彼はうまく聞き取ることが出来なかった。


「何?」


 彼女の方を見る。
ようやく顔を上げた彼女の顔は、一瞬眼を疑うほどにやつれていた。


「私達、姉弟なんですって。お父様が、同じなんですって。貴方、知っていた?知っていて私を愛したの?研究対象にする為に、この子の誕生を望んだの?」


 彼女が何を言っているのか、彼には理解ができなかった。
 だから当然、彼女の言葉になんと答えるか、分からなかった。
声を出すことも、言葉の意味を理解することも出来ないまま、彼は呆然と彼女を見つめる。


「私のお腹には、何が入っているの?私の子?貴方の子?悪魔の子?」


 狂気に歪んだ顔が、押し殺したような笑い声を漏らした。
時刻を無視して鳴り響いく、教会の鐘の共鳴のように不規則な彼女の笑い声。
彼は何一つ飲み込めないまま、それでもたった一つだけ、理解した。
ああ、自分が望んだ幸せな世界は、壊こんなに簡単に壊れてしまった。







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2008/10/10   再UP




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