Eyes on Me







Act.34 : It was not a simple feeling

 禁 断 区 





 それでもさすがに二ヶ月もすぎると、彼は焦燥をごまかすことが出来なくなってきた。
彼女は、エヴァは妊娠しているのだ。
 部屋に閉じ込めて隔離して、医師に見せないまま無事に出産が出来るはずも無い。
適度な運動をしなければ肉体的にも悪い影響がでるし、何より精神的にまもっと悪影響が出る。
そしてその余波をもろに食らうのは、彼女の胎内に宿った子供だ。
焦燥と共に、苛立ちも増していく。
生命工学の研究者としても、恋人としても、父親としても、子供と彼女の身を案じないわけにはいかなかった。
 そんな折に、義父は彼に一時休戦を提示してきた。


「あれが、お前に会わせるまでは何も口にせんと言ったからだ。」


 義父が渋々と口にした理由を聞いて、彼は絶句した。
妊娠した女性は子供の分まで補給しなくてはいけないというのに、彼女は何を言い出すのだろうか。
あんなに頑なだった義父が妥協した理由を、納得しないわけにはいかなかった。
 何ヶ月かぶりに、彼女の部屋に飛び込む。


「エヴァ!」
「ウォルフ!」


 彼女はベッドの上で上体を起したまま、手に取っていた本から顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
何等変わりなく美しい微笑に、彼は安堵の溜息をつき、ベッドに駆け寄って久しぶりに彼女を抱きしめる。
何度もキスをして、ようやく彼女の顔を見た。


「――少し……やつれた?何も食べてないって聞いたけど。」


 心配と、少しの呆れを含んでそうに尋ねる彼に、彼女は以前より少しだけ線の細くなった顔に微笑を浮べて答える。


「ハンガーストライキを起こした訳じゃないのよ。ただ、悪阻が酷くて体重が落ちたの。それでお父様が心配して何があったか聞いてきたから、『貴方(ウォルフ)に会わせるまでは何も食べないと決めたのよ』って言ってやっただけ。」


 作戦成功ね、と。
 悪戯な光を蒼い瞳に浮べて楽しそうに笑う彼女に、彼は思わず苦笑を浮べた。
大丈夫、彼女は変わっていない。
今までの焦躁が、まるで嘘のように喉元を滑り落ちて、彼はふわふわと彼女の顔を縁取る金色に触れた。


「そう。悪阻は大丈夫なの?」
「さぁ。初体験だから、何とも言えないわね。」


 くすくす笑う声につられて、彼も微笑む。
本当に、こんなに心が安らぐような気がしたのは、久しぶりだ。


「お父様もお義母様も、まだ許してくれないのね。」


 溜息と共に吐き出された彼女の言葉に、彼は溜息と共に頷く。
エヴァは彼の手の感触を身体に焼き付けるように目を伏せる。
彼の好きな蒼い輝きが、隠されてしまった。


「どうしてそこまで反対されるのか、理解に苦しむよ。いくらなんでも、堕胎なんて酷すぎる。」


 憤然とした口調を宥めるように、彼女は彼が自分にしているのと同じように、彼の髪を撫でた。


「大丈夫よ。私はこの子を守ってみせる。堕胎なんてさせないわ。」


 そう言って笑んだ彼女の蒼い眼は、遠い水平線で空と海が一体になった場所の色をしていた。
彼はそれを、何処までも強くて純粋で、同時に酷く脆いものに感じて、もう一度彼女を抱き寄せてからその瞼にそっとキスを落とした。






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2008/10/03   再UP




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