Eyes on Me







Act.25 : Your body was unexploited coolly

 保 護 区 





 ピジョン・ブラッドは彼の仕事を知らない。
知らないのだ、と。サファイアは思っている。
それはきっと、ピジョン・ブラッドはそれを知らなくても、彼には何も支障が無いからだ。
 だけどサファイアはそれを知っている。
だからこそ、その関係者が訪れた時に、彼はサファイアを使う。


「お茶をお持ちしました。」


 サファイアが客間にティーセットを持っていくと、三人の客がそれぞれに座っていた。
 真ん中のテーブルに、控えめに用意をしながら声を押し出す。


「博士はすぐに見えるかと思います。」


 どうにも声が震えるのは、この人達の眼が彼と同じ種類の光を灯しているからだろう。
 狂っている、それだ。


「すぐにって、どれくらいだよ?」


 酷く歪んだ微笑みを貼り付けて、褐色の肌と黒い髪の長身の女がサファイアに問い掛ける。
それはどっちかというと、問い詰める口調に近かったが、だけど表情は心底楽しそうな狂気の笑顔で。
それは本当に、彼と同類の恐怖をサファイアに煽らせていた。


「あの、本当にすぐに来るかと……」


 サファイアは大きなお盆を縦にするように抱える。
ここからすぐにでも逃げ出してしまいたい衝動に駆られたが、足は床に縫い付けられたかのように動かない。


「へぇ。お客を待たせるんだ?あんたのご主人様は。」


 長く伸ばした爪がサファイアの頬を撫でて、首筋をたどる。
ぞくりと神経が逆立ったのは、唐突な感覚に恐怖を増幅されたからだ。
 声も出せずに立ち尽くしているサファイアを、他の二人の客も面白がって見ている。


「可愛いね。是非とも私に欲しいもんだ。」


 そういって彼女がサファイアの癖だらけの金髪を一筋掬ったとき、背後で声がした。


「それは困るな。彼は僕の大事なサファイアだよ。」


 無造作に扉を開けて、彼が現れた。
「お待たせしました」と、客を待たせていたことなど、悪びれもしないように笑みを浮かべて部屋の中に入って来る。
 その表情を見て、サファイアはへなへなと床に座り込んでしまった。
 恐怖半分、安堵半分。
 この場に彼がいれば、客はこれ以上サファイアには構っていられない。
だけど、彼自身がサファイアをどうにかしないという保障は、欠片も無い。
 銀の盆を抱えたまま冷たい床に座り込んで動けないサファイアに、彼は苦笑を浮べた。


「こんなに怯えさせて。君は僕の大事な宝石に何をしたんだい?」
「別に何も。好みだったから手を出そうかと思っただけだ。この子を殺す時には、ぜひ俺に頼んで欲しい物ね。」


 にっこりと笑いかけてくる声に、彼以上に直截的な狂気を感じて、サファイアは全身が総毛立った。


「駄目だよ、ラピス・ラズリ。これは完成品だからね。」


 放って置けば舌なめずりでもしながら刃物で遊びだしそうな、女と同じ種類の笑みを、ラピス・ラズリに向けて、彼は言い切る。


「へぇ。ずいぶんと御執心じゃないのさ。宝石といえば聞こえはいいけど、ようはただの実験道具(モルモット)だろう?しかも自分の細胞で造った自分好みの美少年。異常だね。」


 鼻先で笑い飛ばしながらラピス・ラズリは彼に向かって毒を吐く。
それから、何度も言わせてもらうが、俺は『ラピス・ラズリ』じゃない、と。
 明確過ぎる程の拒否の意をもって、彼女は戯れの殺気の矛先を、サファイアから彼に変えた。
だが彼は、まるで気にした様子も無く、面白いそうに笑ったまま受け流した。


「これは心外だね。君に異常と言われるとは。どうせこの世にまともな人間なんていやしない。このメンバーを見て、そうでないとは言えないだろう?それに、本名を教えないのはそっちだ、『好きに呼べ』と言われたから呼んでるだけだよ。」
「馬鹿かお前。殺し屋が本名を教えてどうする。だからって俺はお前の趣味に合わせて呼ばれるのはご免だ。」
「僕だって君みたいな品性の欠片も無い人間は趣味じゃないね。ラピス・ラズリは響きが好きなんだ。趣味がどうのと言うなら、この前の新米君の方がよっぽど好みだよ。あの真っ黒な眼。まるで黒曜石(オブシディアン)だ。奈落の闇のように、余分な光を燈さない硝子のような黒。とても好みだね。あれ、欲しいな。」
「すでにお前の御用達じゃねぇか。これ以上何すんだよ。つーか、お前、どういう趣味してんわけ?」


 くつくつと笑う声に、呆れた声が重なる。
そのままえんえんと続くかと思われた彼とラピス・ラズリの応酬は、低い声が割って入ったことで終った。


「そこまでにしておけ。」


 存在を忘れ去られたかのように床に座り込んだままだったサファイアは、ゆるりと声の方を見やる。
 車椅子に座った大柄の老人が、笑いもせずにこちらを見ている。
背筋を不快感が這い回ったが、蛇に睨まれた蛙のように、サファイアは身動きが取れなかった。


「サファイア。」


 彼がサファイアの名前を呼んで腕を掴むと、おっとりとした動作でその場に立たせた。


「下がりなさい。」
「――はい。」


 小さく頷いてその場を下がる。
 追い討ちをかけてくるような視線に、サファイアは扉に辿り着く前に走り出した。






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2008/09/01   再UP




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