Eyes on Me
Act.24 : I do not forgive a flow of time
保 護 区
あまり多くの時間ではなかったけれど、一日の中でピジョン・ブラッドと過ごす時間は、サファイアにとってはとても大事な時間だった。 ピジョン・ブラッドは彼のお気に入りであったから、今でもちゃんと薬を使用した体調管理がされており、コンピューターがプログラムした学習も受けていたから、それこそほんのわずかな時間だったけれど、サファイアが彼女を生きてかどうかを確認するには充分な時間だったのだ。 「サファイア」 ぼんやりと外を眺めていたサファイアに、ピジョン・ブラッドが静かに話し掛けて来る。 「何?」 サファイアが短く応えれば、ピジョン・ブラッドも同じ様に要点のみを、乏しい表情のままで答えた。 「午後にお客さんが来るから、ウォルフが準備しろって。」 「――分かった。」 ピジョン・ブラッドだけが、彼のことを名前で呼ぶ。 答えを返すまでに少し戸惑ったサファイアに、ピジョン・ブラッドが目線だけで問い掛けて来る。 「多分、偉い人たち。詳しいことは僕も知らないけど、僕や君を作る為にお金を出した人だよ。」 サファイアは応えたが、実は余計なことを言ったような気がしないでもない。 ピジョン・ブラッドにとっては、誰がどのような用事で来たかなど、最初から気にもしていないから。 案の定、ピジョン・ブラッドは大して関心も持たずに「そう」とだけ呟いた。 最高級のルビーがそれほど博士のお気に召したのか、ピジョン.ブラッドが生まれてから、彼はもう生きた宝石を造らなくなった。 変わりに造っているものといえば、人工培養の臓器や、故意に遺伝子に異常を起す細菌の繁殖など。 つまりは生物兵器などの違法なことばかりで。 それを買い取りに来たり、途中経過を見に来る人間が、たまに来るようになっていたから、サファイアには今回もそうなのだろうと、何となく想像がついた。 怖い眼の人達が、来るのだ。 サファイアはピジョン.ブラッドとローズ・クォーツを守らなければいけない。 「どうして、独りで守ろうとする?」 不意にピジョン・ブラッドが呟いて、真っ赤な血のような瞳がサファイアを刺した。 思考を読まれたような気まずさに、サファイアはわずかに俯いて考え込む。 「約束したから、かな?」 「誰と?」 喘ぐように答えた声に、ピジョン・ブラッドは更に追い討ちをかけるように問い掛けてくる。 一瞬で脳裏に甦ったのは、きっとピジョン・ブラッドの瞳が鮮血を思わせていたからだろう、と。サファイアは思う。 「色んな人と。」 力無く笑って答えたサファイアに、ピジョン・ブラッドはにこりともしないまま、サファイアの頬に触れた。 「誰と?」 逃すつもりはない、と。まるでそう言っているかの行為に、サファイアが少しだけ怯む。 息がかかるほど近く顔を寄せたピジョン・ブラッドの肩に、サファイアは顔を埋めて、縋り付くように弱々しい声で答えた。 泣きそうな声が、ピジョン・ブラッドの鼓膜を叩く。 「君の、お母さんと。君の、お姉さんとお母さんを守って死んだ、お兄さんと。」 ジザベルやエメラルドの名前を、ピジョン・ブラッドが知っているとは思わなかったから、サファイアはあえてその名を口にはしなかった。 彼女は小さく溜息を吐いた。 「なんて、約束を?」 「君と、ローズを、彼から守る。」 「彼?」 訝しげに首を傾げたピジョン・ブラッドに、サファイアはもう答えなかった。 分からないなら、分からないままの方がいいに決まってる。 言葉にしてしまえば、これはきっと背信行為になるに決まっているから。 そしてそれは、今までも、これからも、生きていくであろう世界を根底から覆すのと同じ事だ。 「ピジョン・ブラッド。」 サファイアはピジョン・ブラッドの耳元で消え入りそうな声を出す。 彼女は答えなかった。 やや躊躇った末に、サファイアはもう一度呟いた。 「僕が、きっと守るから。」 やっぱりピジョン・ブラッドは、答えなかったけれど。 答える代わりにピジョン・ブラッドは、ぎこちない手つきでサファイアを抱きしめた。 |
2008/08/29 再UP |