Eyes on Me







Act.16 : You such as vain ice work

 解 放 区 





 人間が人間を造る。
自然的にではなく、人為的に。
 造った方は出来上がれば、狂喜のうちに幕を閉ざすのだろう。
では、造られた方はどうなのだろうか。
 残念ながら、大部分の命は暗闇の中に鎖され、その存在が消え失せて初めて、記録という形の膨大な存在を表す。
精神が崩壊し狂気のうちに殺されたり、それなりに育った後、先天的な障害などによって早死にすることは少なくない。
 ウォルフガングが造った宝石の天使達も、完璧ではなかった。


「綺麗な碧ね。」


 何の脈絡も無く、ジザベルが呟いたことがある。
何を見るでもなく、窓の外を眺めていたエメラルドは視線をジザベルに向けただけで、何も答えなかった。
 サファイアとソファーに座り、彼が持ってきた本を膝にのせたままで視線をエメラルドに向けていたジザベルは、エメラルドの反応に特に気分を害した様子も無く、再び本に視線を落とす。


「ジザの眼も綺麗だよ。」


 唐突なジザベルの発言に、不思議そうな表情でジザベルを見上げていたサファイアが、愛らしい微笑みをたたえてそう言い、ただ黒いだけではないジザベルの黒曜石(オブシディアン)のような瞳を見つめてくる。


「ありがとう。」


 ジザベルも答えて笑ったつもりだったが、彼女は自分がうまく笑えたかは分からなかった。
彼と似て非なる色を持つ眼を、ジザベル自身は美しいと思ったことはなかったから。


「ジザベルの眼なんて、真っ黒いだけじゃない。」


 ジザベルとサファイアの会話を不機嫌そうに聞いていたらしいアメジストは、ピアノを前に座り、鍵盤に手をかけたまま言い返す。
それ以上サファイアは何も言い返さず、悲しそうに俯いてしまった。


「私の眼のが綺麗だもん。サファイアだってエメラルドだって、外の世界にはいっぱい居るって、パパが言ってたもの。ジザベルの眼なんて、汚いだけじゃない!私が一番綺麗だもん!」


 次第に激しくなっていく口調に、サファイアが怯えたように肩を竦める。
身を竦めて萎縮する背中を、ジザベルは無言で撫でてやった。
更に睨み付けてくる彼女を真っ向から見返すかたちで、ジザベルは彼女を眺めた。
 眺めながら、ぼんやりと思う。
それこそ極上の陶器(ビスク)で大事に大切に造られた人形に、宝石(アメジスト)を埋め込んだような彼女の容姿は、決して神には創れない代物なのだろう、と。
人間(ヒト)である彼が造り出したからこそ、彼女は天使のように美しく、悪魔のように危険なのだ。
同じ種類の、しかし遥かに危険なシグナルを鳴らす彼自身は、確かに神が創造した生物(イキモノ)だというのに。
 否、彼もまた、男女の営みによって生まれた人工的な生物(イキモノ)であるから。
だから美しいのかも知れないけれど。
 ジザベルの視線が気に入らなかったのか、アメジストは危険な紫の炎を瞳の奥で燃え上がらせながら、ピアノの上においてあったメトロノームをジザベルに投げつけた。


「ジザ!」
「アメジスト!」


 サファイアがジザベルの危機に怯えて叫ぶ声と、エメラルドがアメジストを諌める声を同時に上がる。
しかし、メトロノームはジザベルから三十センチほども上を通り過ぎただけに収まった。
 咄嗟にジザベルにしがみ付いたサファイアを宥めるように、ジザベルは彼のふわふわと波打った金髪を撫でる。
やはり、無言で。
まるで、それが直撃したところで、何になるのだと。
興味も関心もないような無表情で。


「落ち着くんだ、アメジスト。」


 低く穏やかなテノールの声で抱きしめながら、エメラルドがアメジストの名前を呼ぶ。
唐突な感情に支配されて荒く呼吸を乱していたアメジストが、打って変わったように弱々しい表情でエメラルドを見あげ、その腕に縋った。


「――エメラルド……パパのところに連れていって……パパに会いたい……」


 泣きそうな表情で助けを求める彼女に、彼は短く頷くと無言のまま立ち上がり、アメジストが伸ばした腕に応えて彼女を抱き上げた。
その様が、寄る辺を無くした存在に手を差し延べる天使のようだと、ジザベルは思う。
 人間が皆、神の子供だというのなら、本来そうするべきは彼が生み出した美しいばかりの人形達では無いはずなのに。
アメジストを抱いて静かに部屋を出ていこうとする直前、エメラルドはわずかに振りかえってサファイアを見やった。


「お前は、大丈夫か?」
「うん。」


 言葉ではないごく短いやり取りがかわされ、エメラルドは了解の意に短く頷くとそのまま部屋を出ていった。
それを無言で見送ってから、ジザベルはしがみ付いたままのサファイアに言った。


「貴方も顔色が悪いわ。部屋に戻った方が良い。本当は、大丈夫なんかじゃないのでしょう?」


 青褪めたサファイアは、ごくわずかに震える顔で頷いた。
 彼が何をそんなに怯えているのか、ジザベルは言及はしなかった。
理由なんて、一つしか無い。
激したアメジストは、彼の癇癪によく似ているから。
それはその美しさと同様に、彼女が確かに彼のDNA(ソ レ)を受け継いでいることを示していたから。






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2008/08/01   再UP




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