Eyes on Me







Act.15 : I do not miss it from my feather

 解 放 区 





「良い具合だ、順調に育ってる。」


 今日も彼は、ジザベルが胎内に宿した自分の子供に成長促進剤を投与しながら、微笑む。
 今回は今までとは違い、人工羊水の満たされた揺り籠ではなく、ジザベルの子宮を使っての人工受精となったが、結局のところ、彼は十ヶ月も待つ気はないようで、水槽の中で生まれ育ってきた子供たち同様に成長促進剤を使っている。
おかげでジザベルは自分の体調の変化に着いていくのが大変だった。
通常なら目立たないはずの時期なのに、腹は膨れ始めており、悪阻も相当酷くなっている。
きっと薬を投与している影響もあるのだろうと、ジザベルは薬を注入された痕跡をぼんやりと眺める。
 そして彼の方も、ジザベルを労りながら、それでも薬を使うことを止めなかった。
一番おかしかったのは、どんなに最悪な体調になってもジザベルが彼を責めないことだろう。
 ジザベルにはそれ以前に出産の経験は無かったが、コレが胎児にとっても母体にとっても尋常ではないやり方であるという自覚はあったが、それでもジザベルは彼に逆らわなかった。
理由は分からなかったが、出来なかったのだ。
それほどまでに、ジザベルの中で彼は絶対的な存在だったのだろう。
 だけどそれは、ジザベルに限ったことではなかった。


「パパぁ!」


 乱暴にドアを押し開いて、部屋の中に小さな少女が飛び込んで来る。
そして少女はまっすぐに彼に抱き着くと、甘えた声を上げた。


地下(ラボ)に連れて行って!ママに会いたい!」
「ママならそこに居るじゃないか。」


 彼は駆け寄ってきたアメジストを無造作に受け止めて、少女頭に手を振れながら、向かいのソファに座っていたジザベルを指差す。
だけど紫水晶(アメジスト)の瞳は、ジザベルを刺すように睨んで言い放った。


「ジザベルはママじゃない。私のママはエヴァだもん。こんな女、大っ嫌い!」


 激したような少女の言葉といっしょに飛んできたのは、ソファと一緒に置かれていた大きなクッションだった。
ジザベルは咄嗟に受け止めたので、実害はなかったが、その行為は彼を怒らせるに充分すぎる物で。
 ぱん、と。広い部屋に、乾いた音が走る。


「パパ……?」


 呆然として引っ叩かれた頬を押さえながら、アメジストは呟いた。
彼はひとつ息を吐き出してから、冷酷な声を吐く。


「身勝手なことを言うな。ジザは僕にとって一番大切な存在(ヒト)なんだからな。」


 彼はそれだけ吐き捨てると、アメジストを振り払って部屋から出て行ってしまった。
 どちらが身勝手なのだろうと、ジザベルは浮かびかけた苦笑を押し込める。
そして、少し迷ってから立ち上り、アメジストの前でしゃがむと、彼女の腫れて赤くなった頬に手を伸ばした。


「大丈夫?」


 個性に欠けた一言は、行動によって返された。
強かに拒絶の意を示して、アメジストはジザベルを突き飛ばしたのだ。
子供の力はそれ程驚異的なものではなかったが、不意をつかれたことと、自分以外の生き物の命を抱えた大きな腹はバランスを取ることを厭ったせいで、体勢を整えられずによろめいたジザベルは、そのまま派手な音を立ててテーブルに倒れた。


「ジザベルの所為だ!」


 テーブルに伏すように倒れたジザベルに向かって、アメジストは激したように叫ぶ。
金色の緩やかなウェーブが掛かった髪を振り乱し、大きな紫水晶(アメジスト)の眼を見開いて。


「パパに叩かれたのはジザベルの所為だ!ジザベルなんか大っ嫌いだ!」


言うだけ言って、少女は部屋を飛び出した。
それを黒真珠の眼でぼんやりと追いかけて、そして視界からアメジストが消え去ってからも、ジザベルはそのまま上半身だけ起して床に座り込んでいた。
 アメジストは分かっていない。
彼がジザベルを『大切』という言葉で表現したとしても、それは正確ではな表現ではないのだから。
彼にとって大切なのはジザベルの中に居る子供だけで、ジザベルは産み終えてしまえば、彼の大切な物では無くなるのだ。
彼のルビーを抱えている間だけが、ジザベルに許された「彼の大切な存在(ヒト)」でいられる時間なのだから。
いずれルビーに飽き、次に彼が金の眼や銀の眼を望む時には、アメジストが「彼の大切な(ひと)」になるかもしれないのに。
笑いが込み上げてきそうなほどに簡単な方程式でも、それを理解できないのは彼女がまだ子供であり、女だからなのだろうか。
 キィ…と、アメジストの時とは対照的なほど静かな音を立てて今度は少年が入って来た。
無言でジザベルに手を伸ばす。


「――ありがとう。」


ジザベルが言うと、蒼い眼のサファイアははにかんだように微笑んだ。
お腹の大きなジザベルを労わるような、そして、その中に何が入っているのか、分かっているようで分かっていない、好奇心を携えた蒼い眼(サファイア)


「――アメジストに、苛められたの?」


 不安そうに子供が尋ねる。
ジザベルが答えないでいると、サファイアは彼女の手を握り締めて呟いた。


「――僕…怖いんだ。アメジストが怖い……。だって、博士といると怒るんだ……僕のこと……。」


 きゅっと、子供は縋るように袖に捕まってくる。
屈んで、目線を合わせて、ジザベルは彼に微笑んだ。


「心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ。貴方もそろそろ部屋に戻った方が良いんじゃなくて?」
「僕、ジザと離れたくない。怖いのはアメジストだけじゃないんだ。」


 心細そうに応えて、サファイアはジザベルにしがみ付いてきた。
幼い子供が、母親を求める行為なのだと思った。
 彼はジザベルに「君の子供達だよ」と言った。
子供たちに「君達のお母さんだよ」と言った。
そうでないことを知っていて、彼は言い切ったのだ。
彼自身が一番、そうなるはずがないと、知っていて。
 この屋敷を支配する神は、本当に狂っている。
 結局、ジザベルは無理矢理サファイアを彼の元へ行かせることは出来なかったし、サファイアはジザベルから離れなかった。
 きっと正常な環境とまともな意識をもった人間であれば、その反応こそが一番当然のことだと判断するのだろうけれど。
それでも、ただ無言で慰め合うというこの行為を、彼の眼の届かない場所で行うことは、ジザベルとサファイアを酷い罪を犯しているような気分にさせた。






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2008/07/28   再UP




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