Eyes on Me







Act.14 : I break it in all sincerity

 解 放 区 





 拒否権なんて最初から与えるつもりなど無いはずなのに、律義に許可を求めて来る彼が可笑しくて、ジザベルは薄く微笑んだ。
 彼は狂っていたかもしれない。
だけどそれはジザベルも同じことだ。
 養女(むすめ)養父(ちちおや)という関係じゃなければ、プロポーズにも聞こえかねない言葉を放られて、嫌ではなかった。
だからと言って、特別嬉しいわけでもなかったけれど。
 彼は最初からジザベルが断らないのを知っていたのだろうから。
それは、確かに絆のうちの一つではあったのだろうけれど、それでもその絆には、あらゆる意味で『愛情』と呼べる物はなかった。
 男性が女性に向ける、文字どおりの『愛情』。
養父(ちちおや)養女(むすめ)に注ぐ、家族に対する『愛情』。
どちらも彼は持っていなかっただろうし、あるいは持っていたとしても、ジザベルがそれを感じたことは一度としてなかった。
 彼がジザベルを紅い眼の子供の母親に選んだ理由は、エヴァの時と同じ、『子宮を調達するのが面倒だった』からであるだろうし、そもそも彼にとって家族とは、自分の実験材料に過ぎない。
ジザベルは彼にとって実験室(ラボ)に眠るホルマリン漬けのエヴァと同じ存在なのだ。
 ああ、それで、と。ジザベルの思考回路はある一点にたどり着く。
だから彼は、私を引き取ったのだろう、と。
 そしてジザベルの辿りついた結論を示すように、紅い眼の子供の製造は、まもなく始まった。
彼は微塵も躊躇うことも無く、冷凍保存されていた卵子を自分の精子と受精させて、彼の言う「悪戯」をした後で、ジザベルの胎内に植えつけたのだ。
それは、言葉で言うほど簡単な行為ではないはずであるし、世の中には不妊の為に成功率の低い体外受精に挑戦し、失敗して泣き暮れる人達も多いと言うのに、彼はいとも簡単に成功させてしまう。


「悪戯って、何をしているんですか?」
「たいしたことじゃないよ。それに、君に説明しても分からないんじゃない?」


 一度ジザベルが聞いたことがある。それを、笑って彼は答えた。
もっともなことだったので、ジザベルはそれ以上聞かなかったけれど。
 ただ、今回の『紅眼(あかめ)』に関して言ってしまえば、人工的に受精卵に突然変異を起してアルビノにしてしまうのだと、彼は彼女に告げた。
 医学や科学が発達した現代で、理屈としては『クローン』の製造は可能になった。
問題として残っていることは、実際に人間が人間を造るという行為が、果たして許されることなのか、それだけなのだろう。
 それなら、人間が人間を造ることはそんなに問題があるのだろうかと、ジザベルは思う。
自分の間に起きた、体外受精もそうだ。
それを抜いて考えたとしても、『自然に』か、『人工的に』か。
『子宮内で育つ』か、『人工羊水の中で育つ』か、差なんてそれくらいのモノだろう。
 ジザベルに言わせれば、子供が欲しくて作るのなら、それだって立派に『人工的』なことだと思ったし、受精卵だって子宮の中に満たされた羊水の中で育つ。
違いなんて、殆ど無いも同然ではないか、と。
 ジザベルの胎内に受精卵が戻された時、同時進行で水浸しの揺り籠から子供たちが呼び覚まされた。
エメラルド、アメジスト、そしてサファイア。
ローズ・クォーツの覚醒は見送られている。


「彼女を目覚めさせて下さい。」
「どうして?あれは失敗作だよ?」
紅水晶(ローズ・クォーツ)は、私の誕生石ですから。」
「紅水晶は誕生石には無いはずだけど、君は何月の生まれだったっけ?」
「さぁ、忘れました。」


 ある時言い出したジザベルの言葉に、彼は楽しそうに笑った。
真顔で答えたジザベルが、おかしかったのかもしれない。
自分が失望したローズ・クォーツに固執するジザベルが、理解できないとでも言うような口調だった。


「私に、出産祝いを下さい。」


 どうしてローズ・クォーツにそんなにこだわったのか、ジザベル自身も分からなかった。
彼はあんまり気に入ってないようだったが、だからこそジザベルは自分が紅い眼を生む交換条件として、ローズ・クォーツの覚醒を提示したのかもしれない。
 本当は、彼が気に入らなかったという、その事実だけが理由そのものだったのかも知れないけれど。
 それでも彼は、苦笑しながらもジザベルのそれを了承したから、しばらくすればローズ・クォーツも深い眠りから覚めるのだろう。
それが、彼女や、あるいは他の子供達にとっても、幸せなことであるとは、ジザベルには到底思えなかったけれど。
そしてジザベルは、これから何か月か、彼らの妹を抱えていく事になる。
 この子供の眼は、本当に紅くなるのだろうか?
それを彼の前で言ったら、きっと、彼女も破棄されてしまうのだろうけれど。






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2008/07/25   再UP




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