Eyes on Me







Act.13 : You such as fragile glass work

 解 放 区 





 彼の実験室(ラボ)は、彼の屋敷の地下にある。
由緒正しき血統を繋ぐ貴族の末裔なのか、それとも彼の天才的な頭脳を持ってして成り上がった成金なのか、ジザベルは詳しいことは知らなかったが、とにかく彼の屋敷は無駄に広かったから、地下に研究施設があったって別に驚くほどのことじゃなかった。
 驚くべきは彼の研究内容と、それを考え出した頭の中身の方だったのだ。
彼はジザベルに、その中に入る事を固く禁じていたから、彼女はその中で何が行われているかを知らなかったが、あるとき気まぐれに研究室に連れ込まれた時、彼は穏やかに微笑んで驚くべき研究成果をジザベルに披露した。


「僕が造った子供たちだよ。」


 無邪気そうに笑って、彼は林立した巨大な水槽を、愛しさを込めた視線で見上げた。
中身はまるでマネキン人形のように身動きもせずに浮かんでいる、人間。
ゆらゆらと髪を漂わせて浮かぶ、真っ白い肌の子供達。
 ごぼごぼと、時々浮き上がる水泡と、体中を蝕んだ無数のコードたち。
そしてそれらが行き着く巨大なホストコンピューターの規則的で無機質な電子音が刻む一定のリズムだけが、彼らがただの人形ではない存在であることを示している。
 ジザベルは驚かなかった。
だが、彼女がどうしようもない程に眼を奪われたのは事実だった。
極上ので作り上げたような綺麗なイキモノから、目が離せない。


「僕が造った子供たちだよ。」


 もう一度彼はそう言って、笑い、巨大な水槽を相変わらず愛しそうな眼で見つめながら続けた。


「僕の子供達。僕の宝物。世界で一番綺麗な宝石。僕の研究の成果。」


 水槽に触れて、ジザベルは生温い液体に漂った人形達を見やった。
ガラス越しに、たくさんの管やコードに捕らわれて、それは本当に操り人形のように見える。
 本当に、時折ゆるゆると空気を吐き出す仕種だけが、確かに生きているということを証明していて。
翻せば、延命プログラムを組み込まれたコンピューターの電源が落ちたら、そのコードを引き抜かれてしまったら、簡単に死んでしまう脆い命。


「水槽の中身は、ホルマリンですか?」


 無意識に呟いた声は、核心に近い音を孕んでいた。


「人工羊水だよ。」
「それじゃあ、本当に、生きているんですね。」
「もうすぐ生まれて来る。と言っても、身体は成長促進剤を使っているから、赤ちゃんではないけど。そろそろ出してあげないと、身体がふやけちゃうよねぇ。」


 くつくつと咽喉の奥で含む笑い方をして、彼はたくさんのコードの束に触れる。
水槽の中まで侵食したそれは、きっと子供たちの体の中をも食んでいるに違いない。
それは体だけでなく、きっと脳まで。
心まで捕らえているのだろう。


「体だけじゃなく、知能も人工的に発達を促している。白紙状態の子供の脳は恐ろしい早さで情報を吸収していよ。完璧な子供たちだ。僕の、美しい天使達。」


 魅入ったままのジザベルに、彼の言葉が通り過ぎるように聞こえてくる。
確かに、水槽の中の子供たちは、こうして視線をひきつけるだけの存在ではあるのだけれど、そうではなくて。


「――博士の遺伝子を組み込まれました?とても…似ている。」
「良く分かったね。そう、僕の精子とエヴァの卵子を使った。人工受精した後、細胞分裂を繰り返している時期にちょっとだけ悪戯をしたんだ。その後は人工羊水にほっぽり込んだだけ。後はプログラム管理したコンピューターが勝手に子供を育てる。早く君にこの子達の眼を見せてあげたいな。」
「エヴァ?」
「僕の姉さん。今はホルマリンの中だけど。」
「亡くなっているんですか?」
「うん。二十年前にね、強姦されて妊娠しちゃってさ、堕胎(おろ)せばいいのに律義に生んじゃったから、狂っちゃったんだ。」


 からからと笑みを浮かべながら言う彼は、倫理的にも道徳的にも、有り得ない、と、ジザベルは思った。
彼女は生まれてこのかた、博士の独学で学び、学校には行っていないから知識に偏りはあるだろうが、それでも何かが狂っていることは本能的に分かる。
 こんなことを笑いながら言う彼は、確かに狂っているのだ。
わかっている。
わかっているのに、それでもジザベルには抗えない。
「抗う」ということが、わからない。
 もう一度、彼女は人工羊水の中に漂う子供たちを見上げた。
それを、『クローン』というべきか、それとも『人造人間』と言うのか、ジザベルには分からなかったけれど。
 だけど確かに、人の手が創り出した人の形をした生き物が、そこに居る。
妙に納得してしまって、ジザベルは彼に向き直った。


「それで博士は生命工学の道を歩んだのですか?」


 ジザベルの言葉に、彼は意表を突かれたような表情を浮べる。
ただ漠然とした確信が、ジザベルの咽喉から声を紡ぎだす。


「お姉さんが汚されて子供を出産なさったから、博士は綺麗なままで子供を産む研究をなさっいてるんじゃないんですか?」


 勝手にそう解釈したジザベルの言葉を、彼は少し考えてから答えた。
考えてから、そして少しだけ微笑んだ。


「ジザは頭がいいね。だけど僕の理由はそんなおめでたいものじゃない。僕はただ、綺麗な眼をした子供が欲しかったんだ。」
「わざわざご姉弟の遺伝子を使って?言うなれば、近親相姦と変わらないのに?」


 意地悪く微笑くらい浮べれば可愛いものを、ついいつも通りに淡々と言葉を放ったジザベルに、彼は笑みを苦笑に変える。
言い訳をするような人間ではないけれど、このときだけは困惑したような表情を、見せていて。


「ジザはこだわるね。姉さんの卵子を冷凍保存しておいたのは、外から調達する手間を省く為だよ。外からこういう材料をそろえるにはいろいろと手続きが面倒だし金がかかる。」
「それじゃあご自分の精子をお使いになったのも、調達するのが面倒だったから?」
「それ以外に、何があるというんだい?」


 まさか僕が、実の姉を愛するなんて間抜けなことをしたとでも?
言外にそう含ませておいて、彼は意地悪く笑う。
ジザベルは両手を小さく挙げて、降参の態度を示す。
 それ以上はたとえ追求したって、彼は答えることは無いだろうし、聞いたところでジザベル自身には関係もないのだ。


「あぁ、でも……」


 笑っていた彼は、思い出したように呟き、水槽の分厚い硝子に手を当てる。
愛しむように。
慈しむように。
切り離された自分の大事なものを、抱え込むように。


「僕がまだ若かった時、血族の近しい者同士で子供を産んだ場合の方が、異常という形で綺麗な瞳になるという結論に達したことはあったかな?」


 眼の奥に冷たい光を閃かせて、笑う。
「もっとも、失敗に終ったけれどね。」と、そう言って彼はジザベルの顔に手を伸ばし、瞳の奥を覗き込んだ。
 ジザベルの眼は漆黒だから、きっと彼のお好みではないのだろう。
この眼が黒いのはジザベルの所為ではないのだが、その残念そうな表情にちくりと胸が痛む。
酷く残念そうな表情が、苦しそうな表情が、一瞬だけ覗いた泣きそうな表情が、ジザベルを見つめていた。
湖面に浮き上がったとたんに弾けて消えた泡のように、ジザベルがそれに気づくことは無かったけれど。


「結局、綺麗な眼の子供を造るのに、こんなに時間がかかってしまったよ。」


 一瞬後、彼はにっこりと笑って、ジザベルの顔から手を離した。
同じ様にジザベルも水槽に視線を投げる。
 彼はただ単純に、生命を玩具にして、好き勝手に細胞を組み替えて、遊んでいるだけ。
そこに、それ以上に価値は無いはず、と。
ジザベルそう判断するまでに、酷く重くて苦しい何かが胸を締め付けたけれど。
彼が造った『子供たち』は、少なくとも外見的には完璧だし、遊びで造った命にしては、哀しいほどに美しすぎる気がしたから。


「ジザベル、子供たちを紹介するよ。」


 彼はジザベルの手を引き、目の前の水槽に掲げられた銀のプレートを指した。
繊細な文字で刻まれた、その人形の、名は。
「この子はエメラルド。碧の眼をしてる。その隣が紫の眼(アメジスト)、一番奥が蒼い眼(サファイア)だよ。」
「宝石の名前を付けたんですね。」
「彼らの眼は本当に綺麗だから。きっと本物の宝石よりも綺麗だ。――だけどね…」


彼は言葉を切って、一つ溜息を吐く。
表情が変わって、心底落胆したように、彼は大きな大きな溜息で、失望を吐き出した。


「ルビーがまだなんだ。」
「紅い眼の子供?」
「そう。この子は失敗作でね、紅にはならなかった。」


 サファイアの水槽の隣に、少し離れて見放されたように置かれた水槽が隠れている。
その水槽に触れながら、彼は不満を露わに続けた。


「白っぽく濁ってるんだ。苺ミルクのようにね。最初の検査で視力が無いことも分かっている完璧じゃない。僕は、好きじゃない。」


 『ローズ・クォ−ツ(紅 水 晶)』という名が、プレートに刻まれている。
硬く伏せられた眼を、ジザベルは見ることは出来なかったけれど。


「でも、僕は諦めてない。」
「もう一度赤い眼を作るんですか?」
「そう。だけど、もう人工羊水で造るのは飽きたんだよね。次は、受精卵を子宮に戻してやってみようかと思って。」


 不敵に呟く声が聞こえて、ジザベルはローズ・クォーツから眼を離した。
彼の口調は、小さな子供が何か実験をやろうとしているようで、不自然なくらいに無邪気だった。
 ジザベルを引き寄せて、抱きしめて、耳元で囁いてくる。


「ねぇ、ジザ。僕のこども(ルビー)、生んでくれない?」


そう言って彼は、ジザベルに優しいキスをした。






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2008/07/21   再UP




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