Eyes on Me







Act.12 : The song of the fallen angel to God

 解 放 区 





 何が正しくて、何が間違っているのか。
そんなことはどうでも良かったのだ。
 彼らにとって大切だったのは、ここが何処なのか。
そこは「彼」の傍なのか。
それだけがすべてだったのだから。


 彼の肩書きは『生命工学博士』。
性別は男性で、名前はウォルフガング・フォン・エーデルシュタイン。
彼に関してこれ以上のことを、彼女は知らない。
 そして彼女の名前はジザベル。
ジザベル・フォン・エーデルシュタイン。
法律上では彼の養女に当たる。
 どういう経緯でそうなったか、ジザベルは覚えていないが、とりあえず物心がついたときにはそういう関係が出来上がっていた。
詳しい事情を彼女は知らないし、知ろうとも思わなかったが、結果論から言えば生まれたばかりのジザベルを彼が引き取ったということのようだ。
大して珍しくも無い境遇だ、と。
彼女は思う。


「僕は狂っているから、君は気を付けなきゃダメだよ。」


 彼は自分の研究室に入る時、いつもジザベルにそう言う。
「ジザベル」と。
名前を呼んで、頭を撫で、頬に優しいキスを落として、冷酷な瞳で見下して。
 ジザベルの記憶がはっきりし始めているのは、せいぜい四〜五歳程度からだが、それから彼女が大人になるまで、彼はその行動を繰り返してきた。
ジザベルの記憶機能が動き始める前も、ジザベルがこの家に来る前にも、きっと彼は同じことをしていたのだと思う。
 だってこの二十年程で、目に見えて変わったのはジザベル一人だけで、彼は何一つ変わっていないのだ。
年齢さえ感じさせないその様子を、ジザベルは不思議だとは思わなかったけれど。
性格も思考も、外見さえもが変わらないのだとしたら、きっと彼のその癖は、ずっと前からのもので、これからもずっと続いて行くのだろう。
 そもそも彼を測るのに、自分を基準にすることが間違っているのだ。
ジザベルは答える。


「それでも私は、貴方しか知りませんから。博士。」


 彼女は決して名前を呼ばない。
彼が呼ばせないから。
 自分から彼に触れることも無い。
彼が触れさせないから。
 だけど彼を拒むことなど無い。
そのキスが落とされる場所が、頬でも唇でもそれ以外の場所でも。
その瞬間に近付く、彼の蒼い眼が好きだったから。
彼が好きだから、と。
言い切るには、「好き」という感情についての知識が少な過ぎたけれど。






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2008/07/18   再UP




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