Eyes on Me







Act.11 : Because I am necessary for nothing

 禁 猟 区 





 今まで何人も、何十人も殺してきた。
それでも、死んだ相手を弔ったことは、これが最初だった。
そしてきっと最後になるだろう。
 結局、気に食わなかったが、『彼』を一緒に埋めてやることにした。
 飾ってやる花も見つからないような荒れ果てた廃墟に、掘り起こした土だけが目立つ。
それも、一週間もすれば目立たなくなって、ここに弔われたものがいるなど、誰も気付かないだろう。
だけど男は、それでいいのだと思う。
 しばらく無言でその場を見つめていると、ポツリと雨が頬を濡らし始めた。
無言のまま空を仰ぐ。
太陽の代わりに雨を連れて、ようやく夜が明け始めていた。
明るくなり始めた空には、いつもと同じで代わり映えのない曇天がそこにある。
 もう一度墓所を見つめてから、くるりと背を向け、男はゆっくりと歩き始めた。
 失って涙が出るほど哀しいわけじゃない。
抱き締めてキスをするような愛し方をしたわけじゃない。


「もう少し、隣に留めておきたかった、か……?」


 あえて言語化するのであれば、自嘲の笑みと共にそんな言葉が零れる、その程度の捕らわれ方だった。
それなのに、こんなに虚しくなる理由が分からない。
胸の中央に、何かが抜け落ちたような感覚が残っていた。
そしてそれが、おそらくは埋めることの出来ないものであるということも、男は漠然と自覚していた。
 不意に視線を上げてみる。
 無意識に視界に入った、赤黒い水溜まりの中に転がった、綺麗なもの。
兎が抉り出した、最高級のルビーがそこにあった。
 空洞になった眼窩に嵌めてやるべきだったかと、未練たらしく土の中の彼女に振り返る。
少し考えて、結局男はそれを墓所に添えることを止めた。
 雨で洗われた綺麗な眼球を、手の中で転がしてみる。
あまりに簡単に握り潰してしまいそうなルビーに、一瞬どきりとしてから、俺は肩越しに呟いた。


「アンタが執着したピジョン・ブラッド、俺が貰っていくぜ?」


最初の一言は、その宝石に執着していたイカレた奴へ。


「アイツを殺った依頼料にな。」


二言目は散々自分を狂わせてからさっさとこの世から消え去ってしまった兎へ。
 再び歩き出しながら、雨に濡れたこの世でもっとも悪趣味で綺麗な宝石にくちづける。
 ちくしょう、気にくわねぇ奴と関節キスか?と。
男は少しだけ繭を寄せて、いかにも不機嫌そうに表情をゆがめた。
雨で洗い流したけど、と、とりあえずば自分を納得させたけれど。
 見回してみれば、あたりを染め上げていた血の跡も雨に洗い流されて、今はそんなに目立つこともない。
 これで、この宝石の残骸だけが、兎の存在した唯一の痕跡となる訳だ。
 途中、地面に転がっていた仕事道具を拾い上げて、手の中でくるりと回転させる。
気晴らしに二・三発空に向けて撃つと、撃たれた肩と鎖骨の銃傷に痛みが走った。
わずかに眉を顰めて、それでも少しすっきりしたような気がして、そのまま銃をホルスターに収める。
 もう、男は振り返らなかった。
振り返ってはいけなかったから。
いつまでも、安っぽい感傷に浸っている時間など、彼は持ち合わせていなかったのだ。






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2008/07/15   再UP




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