Eyes on Me







Act.07 : If I murder you

 禁 猟 区 





 身体に染み付いた硝煙臭いと、珍しく避けなかった返り血の臭いをそのままに宿に戻れが、まだ夜明け前なのに、宿に戻るとそこには人だかりが出来ていた。
子供が残って居る筈の、彼の部屋だ。


「ちょっとあんた!部屋を荒らされちゃ困るよ!」


 前歯の欠けた亭主が怒鳴り散らしたが、それに応えることも無く、部屋の中を覗くと、鏡や窓ガラスが割られ、食器が砕け散っていた。
兎が眠っていたベッドはぐちゃぐちゃに引き裂かれて、見る影も無い。
床に散らばった無機物の残骸に混ざって、血痕と銀色の髪が散っていたが、兎の残骸はそこには無かった。
ということは、まだあの子供は生き物として活動しているということなのだろう。
 散乱していた無機物の群れの中から、無造作に煙草と仕事道具だけを拾うと、彼は耳元でぎゃあぎゃあと五月蝿い宿の亭主の手の中に金の詰まった袋を落として、そして騒ぎ立てる人間の群れを押しのけて、再び外に出ていった。
一本、煙草を取り出して火をつける。
一つ深く深く肺の奥まで吸って、不味いメンソールでニコチンを行き渡らせてから、彼は行動を決めた。
プロを自負するのであれば、絶対にしない行為、つまりは勘に頼って。
町外れの廃墟に向かって、煙草を加えたまま走り出したのだ。
理由なんて、考えるまでも無い。
 町自体はそれ程大きくもないから、夜目に慣れた足でそこにたどり着くまでは、それ程時間も掛からなかった。
煙草一本分と少しが、正確に彼が要した時間だったかもしれない。
 それも、途中で捨ててしまったから、本当のところは良くわからないけれど。
 真っ暗な廃墟の中に足を踏み入れてすぐに、彼は聴きなれた声を聞いた。


「ウォルフ?」


 前後を見回して、次に廃墟の上を見上げる。
夜目にも目立つ白い兎は、壊れた建物の上にいた。


「無事か?」
「十分に有事だ。でもまだ死んでない。」


 走ってきたせいで、わずかに乱れた呼吸のまま問い掛ければ、子供は至っていつもと変わらぬ様子で応える。
無表情の顔のままでも、軽口をたたく余裕くらいはまだあると言うことか。


「ピジョン・ブラッド」


 名前を呼べば、子供は僅かに眉をしかめて、そして三メートルほどの高さがある建物の上で、身を乗り出した。


「降りたいんだけど、手を貸してくれる?」
「飛び降りろ。受け止めてやる。」


 うなずいて、兎が飛び降りると、わずかに夜風が動いた。
血の香りが鼻につく。
それが、ついさっき殺してきたサファイアの血の臭いか、ピジョン・ブラッドの血の臭いなのか、嗅ぎ分けることは出来なかったけれど。


「何があった?」
「別に。フェンリルが来ただけだよ。」


 大体のところ、予想はついていたが、とりあえず聞いてみれば、受け止められた体勢のまま、男の腕の中で子供は顔についた血をぬぐいながら答えた。


「僕を殺しに来た。」


 殺されかけた直後だと言うのに、ピジョン・ブラッドは取り乱した様子も怯えた様子も無い。
それは、いつもと同じ反応では合ったのだけれど、それでも彼は苛立ちを感じずにはいられなかった。
ただ、迎えが来たという事実を、淡々と告げるピジョン・ブラッド。
迎えに来た相手が、自分を何処へ連れて行こうとしているのか、解らない訳ではないはずなのに。


「どうせ、サファイアから聞いたんだろう?」
「大体のところはな。」


 子供を抱え込んだまま壁際に座り込んで、自分の銃のリボルバーに弾を詰める。
その様子を無感動に見ていたピジョン・ブラッドは、軽く溜め息を吐いてから、一言だけ呟いた。


「狩りの仕方を習っておくべきだったね。」






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2008/07/15   再UP




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