Eyes on Me







Act.01 : The life that this hand took

 禁 猟 区 





 帰る場所も、行く先も、ひとときの拠り所さえも無い。
だからこそ、どこまででも行けるような気がしていたのだ。
 路地裏はいつも、硝煙と血の匂いに塗れている。
足元には一瞬前まで人間だったもの、彼が狩った獲物の残骸が転がっていて。
無言で無残な残骸を眺めながら、彼はポケットから一本の煙草を取り出して、火を付ける。
無感動に、それを肺の奥深くまで吸い込んで、そして溜息をつくように、すべて吐き出した。
 最初は、自分でぶち壊した命の痕跡を掻き切るように吸い出した煙草も、今はもうそんなことは関係無しに絶え間なく吸う様になった。
別に、血の臭いが立ち込めていなくても、肺はニコチンを求めるから。
一服、煙を吐き出して、返り血のついたコートを翻してから、大通りが騒がしいことに気がついた。
別に好奇心強い訳でもなかったが、人の隙間を縫うようにしてちらりと視線を投げる。
うざったい女の悲鳴と人のざわめきの向こうに、それは居た。
印象的だったのは、傷ついた身体と、それに似合わない眼。
白すぎる肌とプラチナブロンドの中で、それを汚している血よりも鮮やかな、刺すように危険な深紅の眼と、視線がぶち当たった気がした。
この人ごみに紛れて、そんなことはあるはず無いのだろうけれど。
だけど、そんなこととは別に、彼自身は、その色に惹かれたような気がした。
たった今ぶちまけた臓物を彩る色と、同じ色。
だけどアレは、空気に晒されて黒くなるそれとは違う。
 頭の中で止めろ、と。
誰かが何か警告を発する声が聞こえたが、彼はもうそれには耳を貸さなかった。
足早に、数分前まで人間だった肉塊に背を向けて、裏路地を抜け出す。
無造作に固まった人を押しのけて、彼がソレに腕を伸ばした瞬間、かすかに息を飲み込む音を聞いた。
 そして、ソレは、まるで彼を待っていたかのように、倒れこんでくる。
他人の血で汚れた、彼の腕の中に。同じく倒れ込んだ、血塗れの身体。
 だけど、ソレはまだ、人間の形をしている。
まだ、肉の塊にはなっていない。死んでいない。
 殺すばかりが仕事の自分が、そのとき何を思ったのか、もう覚えてはいないけれど。
彼は確かに自分から手を伸ばした。
傷だらけで血にまみれた紅眼の兎を、捕らえたのだ。
 悲鳴と共に大きくなっていく人の壁を、うんざりしたように一瞥する。
視線を別の方向へ向けた誰かが、彼の手によって命無きモノにされた物体を見つけて。
 新たな悲鳴があがり、視線が自分たちからそらされた一瞬に、彼は風のように姿を消した。






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2008/007/07   再UP




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